2013年3月28日

コンピュータを生んだ父・チューリングの生まれた場所へ行ってきた

コンピュータを生うんだアラン・チューリング、その人が生まれた場所へ行ってきたので、その記録。

場所はロンドンの地下鉄ベイカールー線 (Bakerloo Line) ウォーウィックアベニュー (Warwick Avenue) 駅近く。


駅を降りて、改札に向かうと出口が二つあるが、右の出口を出る。


地上に出て、駅を振り返ると左手に協会、中央に白い建物が見える。あれがチューリングの生まれた家だ。


協会の方へまっすぐ歩くと、ウォーリートンクレセント通りとなる。


そのまままっすぐ進み、二股交差点にぶちあたると、そこにも標識がある。


その標識の上を見上げると、じゃじゃーん、これがチューリングの生まれた場所。


当時は産院だったらしいが、今はホテルのようだ。ティータイムにはお茶も飲めるらしい。


しかし、このホテルの看板の上を見上げると、じゃじゃじゃじゃーん。銘板発見!


ENGLISH HERITAGE ALAN TURING 1912-1954 Code-breaker and Pioneer of Computer Science was born here (英国の偉人 アラン チューリング 1912-1954 暗号解読者 かつ コンピュータ科学の開拓者がここで生まれた)と書いてある。

銘板の写真を撮って、上を見上げていたらフランスのマダムが「どうしたの?」というので、「アラン・チューリング」がここで生まれたんだよっていったら、「私フランス人だから分からないわ」と言われてしまったので、「コンピューターを作った人だよ」といったら、「ああ」と納得したようだった。

今このブログを書けるのも、読んでくれている読者の方も、まぁ、彼のおかげっつーわけ。

彼の死因は青酸カリ。白雪姫が大好きだった彼は青酸カリが塗られた毒リンゴを食べ無くなったそうだ。自殺だろうとの事だけども、彼の母親は

”どのような普通の基準に照らしても彼は生きる目的を持っていました”

と言ったのだから、もし、目の前に食べかけのリンゴが見えたなら、直ちに、投げ捨てるべきだと思うよ。

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